★労働委員会審問のお知らせ
1月13日(水)午後6時開始
場所:県庁3階労働委員会会議室
注意:県庁玄関は6時15分までしか空いていませんので、早めにおいでください。
万一、遅れた方はフリーターユニオンの電話までお願いします。
玄関向かって東側の端に警備員室がありますので、そこから労働委員会と指定して
入ることが出来ます。
傍聴は誰でもすることができますし、遅れても途中まででもできます。
Qさんの証言がおこなれますので、ぜひ傍聴をお願いします。
以下、Qさんの陳述書
はじめに−私がなぜピアノ講師になりたかったのか−
私は子どもの頃から何をしても不器用でいじめられっ子でした。その中で、音楽だけは得意だったのです。そのため私は、「普通の仕事」ができない、「音楽の道」しかないと思うようになってきました。これは、音楽が好きだからとか、音楽家になるのが夢とかそういう高度な次元の話ではなく、自分が生きていく術はこれしかないということで、他の賃労働をする能力が極めて低いということです。このことを自覚せざるを得なかった私は、音楽で生きていくために、自分のなしうるあらゆる努力をしました。
中学校では、独学で音楽理論を勉強し作曲をしてコンクールで賞をとりました。高校では、音楽の先生に懇願して音大受験の勉強を習い、ものすごいスパルタ教育で暴言罵倒されるような厳しいレッスンでした。親にも経済的にも無理を言って、音楽大学(鹿児島国際大学短期大学音楽科)に行かせてもらいました。大学でもがんばってコンクールで賞をとり、あらゆる編曲の依頼もがんばってやりました。それは全部自分が生きていくための準備なのでした。
そして大学を卒業してすぐには音楽の仕事につけず、「普通の仕事=音楽以外の賃労働」をしました。フレッシュネスバーガーでは、仕事がうまくできないことをどやしつけられ20万円騙し取られるところでした。他の仕事でも、できないのは同じでした。いつもどんなに努力しても「今までの従業員で一番仕事ができなかったのはお前だ、雇っているのは愛想がいいのと、お前が努力しているのをかっているからだ」と言われました。
そんな経験を経て、私はいくつかの音楽会社の採用試験を受けることになったのです。ともかく音楽で食べていかなくてはという思いからです。
1.カワイの採用試験と面接の経過
2007年の夏、大学の就職センターでカワイの採用試験の案内を見たのがきっかけです。講師募集のパンフレットには、明るく楽しそうな雰囲気の講師の一日の生活などの写真と採用試験の内容が書いてありました。他社の雇用の採用試験内容と特に変わらないものでしたので、カワイの講師になるための試験なのだと思って応募することにしました。
その年の秋、カワイの天神センターで面接と実技(自由曲1曲)の試験があり、江頭氏、山根氏、志岐先生が面接官でした。私はどちらかというと教え方の自由な自分に向いているポピュラーミュージックの講師の試験を受けました。自由曲は自作の曲を弾きました。
カワイの面接は、今思えば他社よりも対応がやさしい感じはしましたが、採用試験そのものは他の音楽会社と変わりませんでした。3人で同時に面接を受け、15分くらいだったと思います。志望動機や大学のときに何をしたかについて聞かれました。それから、「音教」の講師もできるかということも聞かれました。講師選考試験の際に委任契約とは何かについて説明がなされたか委任契約の意味については説明されることはありませんでした。
「うちの会社は、最初のうちは給料は安いがそれでも働きたいか」というようなことを言われましたが、どうしても音楽に携わる仕事つきたかったし、最初のうちは待遇は良くなくても、そのうちやっていけるようになるのではないかと考えたからです。また「安い」と言ってもそのうち最低限の生活する12万円くらいになってやっていけるのではないかと考えたからです。こちらから尋ねることもできなかったのですが、具体的な昇給の仕組みについて説明されませんでしたし、レッスンや研修についても触れられませんでした。
2.アルバイト講師として突然呼び出されて
採用通知(乙4号証)の届いた直後の10月半ば、講師の空きが出たということで、山根氏から何度か呼ばれ教室を担当することになりました。最初は、みかさ幼稚園と松翠幼稚園の2箇所という話でした。後になって松翠幼稚園のほうは女性講師を希望するということで、結局みかさ幼稚園の一箇所だけになりました。ポピュラーミュージック講師として試験を受けたのですが、「音教」に所属する講師として働くということでした。それについては特に抵抗はなく、働けるならなんでもかまわないという気持ちでした。
山根氏から、「1月から3月までをアルバイト講師として働いてもらい、4月に改めて契約を結ぶことになります。委任契約を結んでしまうと、講師研究会の会費や有料研修の費用が報酬から引かれるため、アルバイト講師という形にします」という説明がなされました。
私は、「アルバイト講師についての契約書はないのか」と尋ねましたが、山根氏から「そういうものは無い」と言われ、「そんなものか」と思ってそのままにしていました。委任契約とは何かについてよくは分かりませんでしたが、会社と委任契約を結ぶと有料レッスンや有料研修を受けなければならないものなのかと思いました。
業務に携わる前の12月、会社の指示で研修を受けることになりました。研修やレッスン見学については会社から交通費が支給されました。5日にはピコル(教材)の説明書とグループレッスンの手引書の説明を鳥越先生から受けました。13日は個人レッスンの手引書の説明を長島先生から受けました。志岐先生からは、生徒の接し方についてレクチャーを受けました。カワイ独自のやり方があってそれについて学ぶという内容のものでした。またレッスンの引継ぎをするにあたっては、4回のレッスン見学を行いました。4回という回数については、会社に指示されたものです。
1月からみかさ幼稚園で勤務することになりました。みかさ幼稚園は春日市で雑餉隈駅から徒歩20分のところにあり、レッスンは週2回でした。生徒は10人程度で、報酬は月2万円程度でした。実際のレッスン時間は15時から17時程度でしたが、自宅から遠隔地に幼稚園があること、レッスンの準備や片づけをしなければならなかったため、家を出るのは13時くらいで、帰ってくるのは19時くらいになりました。レッスンがある日には、ほぼフルタイムで働くような感じです。レッスンの時間だけレッスンをすればいいというものではなく、レッスン場所の準備も行わなければなりませんでした。それは、時間に余裕を持ってくるようにと会社から指示を受けたためでもあります。レッスン場所は会社が決めるようになっているので、通勤時間についても自分で自由にできず、実質的に拘束されるのと変わりません。また、後から知ったのですが、生徒の引き抜きを防止するために教室の場所は講師の自宅から遠くの場所を指定するということを、周りの講師から聞き及んでいました。
2月には、会社の指示で新規オープンした筑紫野ベレッサも担当しました。そこでの就業実態は10時から18時まで稼働時間で、自宅から筑紫野まで通わねばならないので、朝8時に家を出て帰ってくるのが夜の8時でした。仕事の内容は受付業務やビラ配りで、時給は700円でした。レッスンは1名していました。自分で生徒を集めなければならないというシステムでした。ピアノ講師として採用されたはずなのですが、受付やビラまきを頼まれました。これについても書面ではなく口頭で、業務を頼まれました。収入になるのでいいと思い引き受けましたが、実際に、講師の業務よりもビラまきの部分のほうが収入になりました。
「はるのおんがくさい」というカワイのイベントについても、ほぼ強制的に参加しなければなりませんでした。そのために打ち合わせ2回(12月24日、2月19日)練習は3回(1月24日、2月3日、17日)ありました。打ち合わせの時と3回の練習のうち2回(1月24日、2月3日)は交通費が支給されました。練習と打ち合わせについては、報酬は出ませんでした。発表会は色々な教室の生徒が集まるので、合同練習が必要なので報酬が支払われてしかるべきだと思ったのですが。「はるのおんがくさい」は2月24日に千代のガスホールで午前10時から午後5時までありました。午前中から準備が必要なのですが、報酬は午後からの分しか支払われませんでした。どうして働いた分の報酬が支払われないのか、理解できませんでした。
アルバイト講師の期間が終わる3月31日までの間に、4月からの本契約に関する話は全くなく、更新されるのが前提だと思っていたこともありますが、会社から何か言われることもありませんでした。
3.4月1日以降の契約と働き方について
3月になってまた4月採用予定者向けの研修(乙6号証)があり、すべて参加しなければなりませんでした。交通費については支給されましたが、研修にでること事態が拘束されているように思いました。
4月1日、その年の講師50人くらいが一堂に会して文書で委任契約を交わす場があり、カワイの職員の人が契約書を読み上げました。ただ、委任契約と雇用契約がどう違うのかについてなどは説明はされていませんし、細かくは説明されませんでした。
4月8日の講師会合において、有料研修、有料レッスン、講師研究会の会費の天引き、グレード試験、教材が買い取りになることを説明されました。有料研修、有料レッスンについては、10月の時点で山根氏が「委任契約を結んだら研修やレッスンを受けねばならないし、有料研修の費用や講師研究会の費用も天引きされる」ということを言っていたからですが、会社から正式に伝えられたのは、この日が初めてで、それが任意であるということについては説明されませんでした。受けるのが当然という感じでした。教材の買取については、2月に配布された研修会日程の中で書かれていました。買うことを前提に書かれているように読めましたし、任意とは思えませんでした。教材の買取については、どうして教材を買わねばならないのか理解できませんでした。実際のレッスンで必要がないものが多かったからです。
3月いっぱいでみかさ幼稚園は、私の希望ではなく終了させられました。4月からサンリブ古賀でレッスンを受け持つようになり、筑紫のベレッサと二つのレッスンを受け持つことになりました。筑紫野ベレッサのほうは以前に話したのと変わりません。サンリブ古賀は、午後2時から7時半までで生徒は3名でした。通勤にやはり時間がかかりました。
講師が行わねばならない事務作業について、会社に対するレッスン状況の報告がありました。2か月に1回生徒のレッスンの進度をプリントで報告する義務がありました。また、毎週1回調査ということで、入学者数(生徒の所有楽器、調律希望も調べねばなりません)、今月の休学・退学者、今月のグレード受験数を報告せねばなりません。これは義務的なものでした。そのほかには、入金の管理業務、教材費の処理がありました。これらについては、報酬は出ません。これらの書類の提出先は天神事務所ですが、事務所に出向く際の交通費は出ませんでした。入金の管理業務や教材費の処理の方法についても会社から方法が指定されており、それに従って行わねばなりませんでした。この事務処理については時間がかかりました。
講師会議は月に1度です。そこで、講師に対する連絡事項等や会社のスケジュールについて説明されます。毎回参加していました。講師会合のプリントを見てもらえばわかるのですが、生徒の出席率や獲得数、あるいは会社のピアノの売り上げについても目標が設定されて、目標を達成するように言われていました。
週に2回、ピアノ講師としての仕事をしている日(報酬のある)については、移動時間を全て含めるとフルタイムの仕事をしていることとほぼ変わりませんでした。それ以外にも、講師会合もありましたし、事務書類を出しに天神の事務所に行かねばならないこともありました。講師はみな会社によって組織されています。講師同士の連絡網があって、会社からの連絡がその連絡網を使ってまわってくることがあります。途中から講師会合にも来なくていいと言われました。講師研究会という未だによく理解できない組織がありますが、これはカワイ講師の自主的な研究組織ということになっていますが、これについても会社が事務を行っています。
研修は、採用前研修、有料研修、無料研修、一年目研修と一年目はとても回数が多く、、二年目研修もありますので、一年ぽっきりの委任契約を前提としているとは考えられないシステムだと思います。
8月のレッスンのときに、筑紫野ベレッサ教室にて同僚である武藤先生に代わってレッスンを行うことがありました。直接、武藤先生と連絡を取り合って、交代することを決めました。会社には後から連絡を入れました。後日、「うちでは講師同士の自主的な交代は認めていません」と山根さんから注意を受けました。また、講師会合の際に配られるプリント(甲12号証)においても、「講師間で勝手に解決しないでください」と書かれてしまいました。
4.山根氏及び江頭氏への個人的なお願い
前後しますが、3月に研修が始まり4月の初めに講師会合が持たれた後、それまでの「アルバイト講師」のときとは違って、有料レッスンや有料研修を受けねばならないとすると、ただでさえ収入が少ないのにさらに収入が少なくなってしまうと考え不安になりました。レッスンや研修を絶対に受けねばならないものなのか確認したいと考え、山根氏へ質問をして話す場を設けてもらうことにしました。4月10日、4月19日、4月29日の3回です。
4月19日は江頭課長と山根さんと3人で話をしました。内容は、有料レッスンが任意かどうか、筑紫野ベレッサの電話の件についてです。江頭課長から、「会社の教え方や解釈を理解してもらいたい」また、「会社の方針に従って授業をするために、レッスンを受けてもらいたい」と説明されました。しかし、確かに江頭課長は「レッスンは任意である」「会社の方針に沿って教えることができれば、レッスンを受けてくださいと山根さんも言わないと思う」と言いました。 レッスンを受けない場合、江頭課長からは「きちんとした形でレッスンをしているか確認させてもらいたい」ということを言われました。
筑紫野ベレッサには固定電話は無かったので、電話を設置して欲しいと言いましたが、「経費の都合上できない」と言われました。
その後の4月29日には、山根さんからコーヒーショップに誘われて、「そもそもレッスンを受けることになっている」と言われました。そして、「そもそも受けなかったらどうするんですか」ときいたら、山根さんからは「君のその態度が人をいらだたせる」「少なくとも九州では昔からこの方針なんだ」と怒られました。任意だと説明されているのに、「そもそも受けるもの」と言われたら、結局どういうことなのかよくわからないのは当たり前です。それで、「そもそも受ける」というのは「強制ですか」と聞いたら、逆に「それは脅迫ですか」と山根さんから言われ、大変戸惑いました。結局、物別れに終わったという形で、レッスンを受けねばならないのかどうなのかは、分かりませんでした。
5.組合への相談と加入後のこと
正式に組合に加入したのは2008年の6月半ばです。それ以前からも、丸田組合員を通じてカワイの労働条件や契約内容に関する相談をして、個人で会社と話したりしましたが、結局曖昧な答えしか返ってこず、レッスンが任意であるかどうかわかりませんでした。また、山根氏から「レッスンや研修を受けなければテストを行う」などと伝えられたため、レッスンが任意であるのかどうかをきちんと確認したかったというのが一番大きな理由でした。また、「講師研究会の入会申込書に判を押すように」と山根さんから言われたので、組合を通じて話をしたほうがよいと思ったからです。
組合を公然化したのは7月4日で、組合から電話で加入を通知してもらいました。講師研究会の入会が任意であるのかどうか、研修およびレッスンが任意であるか、給与から天引きされた会費の返還について話をしてもらいました。結果、講師研究会、研修、レッスンは任意であることが確認できました。ただ、その後、8月6日に山根さんから、テープの提出を求められました。だから、組合から会社に話をしてもらいましたが、8月10日に課題曲を送るように再度、会社から文書が来ました。その時、組合の人とも話をして、直接会社と話し合うしかないと思いました。組合が公然化して後、少なくとも、レッスン、グレード、有料研修については受けろとうるさくは言われなくなりました。結局、テープも出しませんでした。